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昔から大変な時は旗を振ってきた

昔から大変な時は旗を振ってきた

 自分のもやもやよりも他人のもやもやが気になるのは、たぶん職業柄だと思う。

 「機械の調子が悪くなったらメールを飛ばします!」というシステムがあり、自分はそのメールが来たら頑張って対応しないといけない仕事をしている。

 昔は無性に、むしょーーーーに、そのメール通知を無視したい欲求に駆り立てられた。そのメール通知はつまり「助けて助けてヘルプヘルプ機械が壊れた即時行動せよ」と同じ意味なのである。メールの着信音がなるだけでそりゃもうめちゃくちゃ焦るのだ。大雨が降ってきたのにベランダに洗濯物を干してしまった時ぐらい焦るのだ。いつメールが来るかとびくびくしながら過ごす日々だった。

 でもこの仕事の醍醐味や面白さがわかるぐらい勤めてから考えると、このシステムっていいなぁと思うのだ。

 システムの調子が悪いとき、大体何をすればいいのかわかるようになった。一定の手順を踏めば復帰する機械もあれば、一旦機械を休めたり、機械の頭をなでたり(意外とこれが効く時がある)、神棚を設置したり、困ったときはパソコンの電源をプチっと切ってしまったり、大体やるべきことは固定化されている。機械が直る勝率は9割ぐらいで、本当に機械がダメになってしまっても、予備の機械があるからその機械に移行すればいい。なので、バタバタするし焦りはするが、後輩に教えられる程度には自分の力がついたと思う。

 人間もメール通知してくれないかなと、全身からもやもやをあふれ出している上司を見て思う。メール通知が面倒だったら席に旗を立てかけてくれるだけでもいい。旗の種類は3種類でどうだろう。「今面倒ごとの途中で話しかけるなの赤」「腹立つことがあったから話を聞いてほしいの黄色」「忙しくもないし話も聞けますの青」。

 昔、自分は「自分のもやもやは自分で直せよ」なんて思っていた。けれども、もやもやを追い払ったり、機嫌を直すのが追い付かないほど、この世には不条理や哀しいこと、怒れることで溢れている。

ペットの死に心を痛めて仕事が手につかないこともあるだろうし、恋人と喧嘩して腹を立てているときや、コンビニでお弁当を買ったのに箸を入れてもらうのを忘れて気がかりな時もあるだろう。隣の席の人が居眠りをしているのが気になって、イライラしているときもあるかもしれない。

 人間は機械ではない。けれども、疲れ知らずの機械に見えても、点検を怠れば不調になるし、長時間動き続ければ壊れる。そりゃ人間だって不調になるのが当たり前だ。でも困ったことに、たいていの不調は自分でどうにかしなければいけないという風潮や社会があるように思う。それは自分が昔、「自分のもやもやは自分で直せよ」なんて思っていたように。「自責」という言葉が存在しているように。

 だがよく考えてほしい。機械には予備があるが、あなたには予備がない。

 もやもやに付きまとわれている人に対して、自分たちができることは多くはないだろう。機械の頭をただ撫でたように、話しかけずもやもやをそっと見守ること。一定の手順を踏んで復帰させた機械のように、もやもやの話を聞いて発散させること。パソコンの電源をプチっと切ったように、これ以上のもやもやを増やさず休ませること。

 この3つの行動を行うだけでも、たいていのもやもやはいなくなると思うのだ。

 人によってどう行動してほしいかは異なる。機械は不調箇所をどうしてほしいかを訴えることができないので、自分たちは今までの経験から故障を直していくしかない。しかし、人間同士であれば、どう行動してほしいかを教えてもらうことができる。そのきっかけを作る旗なり、旗の代わりになるようなものが、世の中には必要だと思う。

この記事を書いた人

のなめ

一人称は「自分」です。noteにて熱量高めのエッセイや小説を書いています。脚本も書きます。Twitterではゆるふわイラストを眺めています。海とかものはしとイチジクと誕生日に買ってきたホールケーキを一人でフォーク食いするのが好き。