じっくり煮詰める時間
ここは22時のキッチン。冷蔵庫から牛乳を取り出し、計量カップに注いだ。17年ぶりの再会にわくわくしていた。
この文章を読み始めてくれたあなたは「蘇」を知っているだろうか。蘇は古代日本で作られていた乳製品だ。牛乳を煮詰めて作られる蘇は、当時の贅沢品だった。
千年の時を経て、蘇は注目を浴びた。きっかけは新型コロナウイルスの流行だ。小・中学校が休校となり、給食で出されるはずの牛乳が余る状況になった。余った牛乳を活用するために、蘇を作ることが小さなブームとなった。
蘇がブームになっている時、そのことを知らなかった。後から知って悔しく思った。実はわたしは中学1年生の時に自由研究で蘇を作っていたのだ。ああ、流行を先取りしすぎていたのか。ブームには乗りそびれたけれど、17年ぶりに蘇を作ってみることにした。
蘇の作り方はいたってシンプルだ。成分無調整牛乳500mlを用意する。そして、牛乳を小鍋に入れて、じっくりと煮詰めるだけだ。
牛乳を混ぜるために木べらに手を伸ばした。カレーを作る時に使うことが多いせいか、カレーの色と香りに染まっていた。仕方がないので、大きな木のスプーンを使うことにした。いつだって準備不足な人生だ。
普段の料理は煮物より炒め物が多い。でも、煮詰める作業は意外と嫌いじゃない。煮詰める作業は自分と向き合うことに似ている気がするから。
そんなことを考えながら、ひたすら煮詰め続ける。そして、12歳のわたしが実家のキッチンで奮闘していたことを思い出した。
大人だから煮詰める時間をショートカットできる、なんてことはない。蘇を作るにあたって、じっくり煮詰める時間は必要不可欠なのだ。待ち時間は、大人にも子供にも平等に流れる。
だんだん牛乳にとろみがついてきた。混ぜるとスプーンに重たくまとわりついてくる。この感触が心地良いのだ。真っ白だった牛乳が薄黄色がかってきた。
やがて牛乳は黄色のペーストになった。熱々のペーストをラップで包んで、冷蔵庫に入れた。一晩冷やすことで、しっかり固まるのだ。
翌日、いざ完成した蘇とご対面。すっとナイフで切り分け、口に入れる。ほのかに甘くて、ざらざらしている。とても素朴な味だ。味に変化をつけるため、ブラックペッパーや黒蜜を使いたい。これこそ大人の技だ。
確かに書いた、煮詰める作業は嫌いじゃないと。でも“嫌いじゃない”と“好き”は違う。ショートカットできるなら、ショートカットしたいのが本音だ。スプーンに重たくまとわりついてくる感触だけをエンドレスリピートできたらいいのに。
次に蘇を作るのはいつだろう。17年後に夜のキッチンで、黙々と作業しているかもしれない。46歳のわたしはどんな感想を抱くのか。自由研究はこれからも続く。
【編集後記】
「蘇」をきっかけとして、台所の臨場感が伝わってくるような、とても素敵な文章をありがとうございました。時を超えて同じ工程を踏むことの大切さも実感できたので、また何度でも、「蘇」の報告、お待ちしております。
(どんな味になるんだろう、どんな進化があるんだろう、と、つい楽しみになってしまいますね!)