ほんのささいな「ありがとう」の積み重ね、その先にあるもの
「ありがとう」は最強だ。
その場の空気をおだやかにする。その場に笑顔を運んでくる。
「ありがとう」は万能だ。
なにかをお願いするとき。なにかをしてもらったとき。「ありがとう」のひとことは、物事をスムーズに動かす。
「ありがとう」は魔法だ。
その言葉を手渡すひとも、その言葉を受け取るひとも。どちらの心も、じんわりとあたたかい何かで満たされる。
♢
結婚して25年。
人並みに夫婦げんかもしてきた。暗雲が立ち込めるようなできごとも、それなりに経験してきた。
そりゃあそうだ、もともと赤の他人。夫婦間でトラブルはまったくないし、いつだって順風満帆、なんてことはありえない。それでも、仲のいい夫婦ですかと聞かれたら、「はい、仲のいい夫婦です」と自信をもって答えると思う。
だってわたしたちは、「ありがとう」を欠かさない夫婦だからだ。
心のなかでそっとつぶやく「ありがとう」ではなく、言葉で「ありがとう」を相手に届ける夫婦だからだ。
ソースとってくれる?と頼まれて、冷蔵庫から出して旦那さんにわたす。
「ありがとう」
わたしよりも早く帰宅した旦那さんが、洗濯物をとりこんでくれた。
「ありがとう」
今朝頼まれた振込しておいたよ、と旦那さんに伝える。
「ありがとう」
牛乳が切れているのに気づいた旦那さんが、会社帰りに買ってきてくれた。
「ありがとう」
こんなふうに、些細に思える「ありがとう」を少しずつ積み重ねていく暮らしは、とても気持ちがいい。
♢
「ありがとう」は伝播する。
このやりとりがわたしたち夫婦の日常だから、子どもたちもそれにならうようになった。
ほんのちょっとしたことにも、「ありがとう」を言葉で伝えられる子どもたちになった。
「お礼ちゃんと言った?」とか「ありがとう、は?」などと声かけをしなくても、「ありがとう」を自然と言えるように育った。
子供たちは、わたしと旦那さんが、「ありがとう」「ありがとう」と伝え合っているのを見て育った。
「ありがとう」という言葉には、その場の空気をまるく収めるような、まぁいっかと許してしまえるような、そんな不思議なチカラが宿っているのを、子供たちなりに気づいたんだろう。
「ありがとう」のおかげで、お互いの心がざらつくような、わだかまりを残すような状況は避けられる。
おまけに、コミュニケーションコストは低く済む。夫婦間のコミュニケーションコストが低いから、お互いの気持ちが伝わりやすい。
すべて、「ありがとう」のおかげ。
♢
ほんのちょっとしたことにも、「ありがとう」を言葉で伝え合う。
たったそれだけなのに、家のなかはとても居心地がいい。精神的にすり減ることがないんだもの。
これって、心にとってすごくエコロジー。
心のなかで「ありがとう」とそっとつぶやくのもいいけれど、言葉にして「ありがとう」を伝えるのは、もっとイイ。
「ありがとう」って、最強なんだから。