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街の個人商店での買い物は、私の小さな投票

街の個人商店での買い物は、私の小さな投票

人間が生きていくうえで、毎日の生活の中で「買い物」は欠かせない行為だ。完全な自給自足で暮らさないかぎり、食べものや着るもの、生活に必要な道具など、誰もがお金と引き換えにほしいものを入手している。

私の日々の買い物のちょっとしたこだわりは、なるべく街の個人商店でものを買うこと。

野菜は八百屋さん、お肉は精肉店、お酒は酒屋さんという風に、できるだけ専門店で買いたい。さすがに時間の都合上毎回は無理なので、忙しい日はまとめて買えるスーパーマーケット、時間のある休日は個人商店でという風に使い分けている。

個人商店で買い物をすると、お店の人との他愛のない会話が楽しかったり、「自分がこの街で生活している」という実感が得られる。ささいなことだけど、少しだけ誇らしいような、暮らしが充実した気分になれる。

私が気に入っているのは、駅前のアーケード商店街にある魚屋さん。

夕方になるといろいろなお刺身の切り身が並び、なかでもマグロの中トロと絶妙な酢締め加減の自家製シメサバがおいしい。値段はスーパーの刺身のほうが安いけれど「今日はおいしい魚を食べたい」という日は、ここで買うとちょっぴり贅沢な気分になれる。私の住む町には数件の魚屋さんがあったが、今ではこの1軒だけになってしまった。

この魚屋のおじさんはいつも頭にタオルの鉢巻をしていて、行くと「待ってました!」と元気に迎えてくれる。あるバレンタインデーの日は、ご近所さんらしき6歳くらいの女の子がやって来ておじさんにチョコを手渡して去っていった。「いやあ、あんな小さい子からもらっちゃったよ~。お返しが大変だなぁ」と、おじさんはうれしそうにニヤニヤしていた。

そして、ふだんよく利用するのは、近所の小さな豆腐屋さん。おそらく70歳は超えているであろうご夫婦が、国産大豆を使った豆腐を作っている。

注文すると、並々と水が張られた水槽の中から豆腐を丁寧にすくい、パックに入れてくれる。家にあるタッパーを持参して豆腐を入れてもらうと、プラスチックごみが出ないのもいい。

豆腐屋へは夕飯を作る前の夕方の時間帯に買いに行くことが多いけれど、ある8月の日、朝9時頃に行ってみると、もうもうと湯気が立ち込める店内で、おじさんとおばさんは出来たての豆腐を包丁で切り分けたり、油揚げを揚げる準備をしていた。

外はすでに30度くらいあるが、確実に店内のほうが暑い。きっと朝は暗いうちから仕事を始めるのだろう。真夏は倒れそうなくらい暑く、真冬は凍えそうなほど寒かったりするのだろう。毎日何十年も豆腐を作り続けてきたお二人の仕事を眺めながら、じわじわと尊敬の念が沸き上がってきたのだった。

どこの街にも普通にあった八百屋、精肉店、町中華などはいつの間にか閉店し、個人商店は年々着実に減ってきている。本人の高齢化や後継者がいないといった事情もあるのだろう。代わりに出来るのは全国チェーンのファストフード店やコンビニ、ドラッグストアといった店が多い。これも時代の移り変わりかもしれないけれど、私は街からこういうお店がなくならないでほしい。

「買い物は投票」という言葉があるように、買い物は経済を循環させるだけでなく、社会に参加する行動でもあると思う。「私はこれが好き」「これからも作り続けてほしい」と思うものにお金を払うのは、自分の意思表示でもある。

とても小さな一票だけど、そんな行動の積み重ねで個人商店を支えられ、自分の住む地域を形作る一因になるとしたら、そして少しずつ社会が変わっていったら、それはとても素敵なことだと思うのだ。

この記事を書いた人

松沢あゆみ

東京に住む40代会社員の女性です。古いお店や商店街や銭湯など、長い時間をかけていい味を醸し出しているものや場所が好きです。日常の中で気になったことや心に残った出来事をぽつぽつと文章にまとめています。