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「食」を通して、持続可能な社会を描く【株式会社カンブライト代表 井上和馬さん】

「食」を通して、持続可能な社会を描く【株式会社カンブライト代表 井上和馬さん】

カンブライトは、食産業の課題解決を目指す京都のフードテックベンチャー。「日本中の豊かな食を世界中の将来世代に」をビジョンに、持続可能な食産業づくりに取り組んでいます。今回取材させて頂いたのは、代表の井上さん。食の新たな価値創造を切り開いている井上さんが描く、日本の食産業の未来とは。

代表・井上さん

ーカンブライトのビジョン、ミッションを教えてください。

「日本中の豊かな食を世界中の将来世代に」をビジョンにしています。カンブライトは「子供たちに豊かな食を残したい」という想いから生まれました。地方の食産業が衰退している中で、日本の食産業が世界の市場で戦える仕組みをつくることを目指しています。そのために「食の価値創造」「食品ロス対策」「競争より共創」をミッションとして掲げています。

ービジョン、ミッション達成に当たって展開している事業内容を教えてください。

3つの事業を展開しています。
 

まず一つ目は、缶詰レシピ開発事業です。地方の小規模な業者さんが世界の食品市場で戦える仕組みをつくるために、缶詰の技術を用いたレシピ開発を行っています。食産業は賞味期限や保存温度など課題が多いので、それを解決する方法として缶詰が適切だと考えています。主に農家さんや漁師さんなどの生産者さん、冷蔵食品や冷凍食品、加工食品を作っている業者の方とコラボレーションで商品開発をしていることが多いです。

2つ目は、スマート工場事業です。食品を扱う中小企業に向けて、食品製造を行うコンサルティングを行っています。食品製造は想像以上に知識が必要で、ゼロから覚えるのは大変なので、カンブライトがゼロから工場を立ち上げた経験を基に、工場の立ち上げや製造の仕方、開発の仕方などのコンサルティングを行っています。

3つ目は、クラウドERP事業です。製造業では、商品を開発して製造工場ができたあとも、製品の管理業務が大変です。そういった課題を解決することを目的に、小規模な製造業向けに管理業務の合理化を目指したクラウドERPの開発・運営を行っています。

ーカンブライトの商品の特徴やこだわりを教えてください

「多様性を価値にする」ということを意識しています。これまでは大量生産が主流で、「いつでもどこでも同じ味であること」が食の価値とされてきました。しかしそれでは食品メーカーに利益が出ても、こだわって良いものを作っている生産者さんに利益が出ないというのが現状でした。

カンブライトでは、良いものをこだわって作っている生産者さんひとりひとりの特徴を尊重し、その多様性を価値にしていくことが重要だと考えています。

缶詰産業は大手缶詰工場では通常1日数十万缶、小さな缶詰工場でも1日数千缶というのが常識です。カンブライトは1日200缶程度で製造できる仕組みを作っています。特に「どこの誰が作ったのか」を意識し、同じレシピでも、生産者が変われば商品が変わるように製造しており、パッケージにもこだわりがあります。さらに、もらって嬉しいかつ、生産者さんの想いが伝わるようなパッケージにしており、「自分も食べたいけど、人にあげたい、食べてみて欲しい。もらって嬉しい特別な缶詰」を作ることを心がけています。このように、「多様性の付加価値をいかに生み出すか」が重要なコンセプトです。

ーカンブライトの缶詰が生産されて、流通するまでに地域の方とどのように関わっているのでしょうか。

小ロット・多品種の目的は、「どこの誰が作ったか」だけでなく、本来価値のあるものの価値をしっかり届けきる、という面もあります。例えば、ハム工場では国産豚の筋肉を丁寧に手作業で取り除いていましたが、すじは産業廃棄物にされていました。そこで、従来は捨てられていたすじ肉を活用し、すじ肉を使ったレシピを開発して新商品の製造を行いました。このように、従来価値が届かなかった食品の価値を届けるための新しい商品の開発という面での関わりがあります。

缶詰工場で地方に雇用を生み出すという側面もあります。町おこしの一貫として廃校した学校を工場にしたり、障がいのある方の雇用の場として缶詰工場を立ち上げることも多いです。缶詰は単純作業でつくられることが多いので、障がいのある方でも丁寧に仕事をしていただけます。また障がいのある方は低賃金で働いていらっしゃる方も多いですが、価格の高い缶詰を販売しているので、お給金を高くお支払いできます。こういった地域活性化の面でも関わることができています。

クライアントさんとの会議の様子

ーどのようなきっかけで起業されたのですか?

私は実はもともとSEとして働いていて、食の世界は初めてでした。SEとして働く中でプログラムが書ける、プロジェクトが回せる、システムが作れる、と経験をどんどん積んでいき、ゆくゆくは事業を作れるようになりたいと考えていました。

そういった事業をつくりたいという気持ちと、当時やっていることが「心からやりたいこと」ではなく、どう世の中の役に立っているのかわからなかったということもあって、想いのある「食」の分野で起業したのがきっかけです。

自分の残りの人生をかけたいのが「食」だと思ったのは、食べるのも作るのも好きで、母親からの愛情も「食」を通じて受け取ったからです。そういったバックグラウンドがあったからこそ、「豊かな人間性は豊かな食から」と考えるようになり、豊かな人間性を育める豊かな食を、子供や孫の世代に残したいという想いがありました。

ー2015年に創業されたとのことですが、苦労したことや難しかったことはなんですか?

たくさん失敗をしました。最初は缶詰のことを教える短期大学で4週間勉強し、商品開発を手伝ってくれる人を探して商品開発をしましたが、なかなか思ったような商品が作れませんでした。いかに缶詰が特殊で、開発が難しいかを実感しましたね。分からないことばかりの中で、商品開発もブランドの立ち上げもECサイトもすべてゼロから立ち上げたので、数えきれないくらいたくさんの失敗をしました。

ーたくさん苦労がある中で、それでも頑張れたモチベーションの源泉は何でしたか?

もともと自分の市場価値を上げる、ということに意欲があったのですが、キャリアを積む中で「解決する課題の大きさがその人の価値の大きさ」だと思うようになりました。

自分が取り組んでいる食品産業の課題は、課題としても世界が注目している大きなものなので、それほど大きい課題を解決するために事業に取り組むことは心の底から頑張れました。また、「自分がいる世界のほうが、いない世界よりも良い世の中になるか」という点で、自分がいたほうがより良い世界になっているというのを実感しているので、それもモチベーションになっています。

創業当初の様子

ー目指している事業に対して、まだできていないことや、その理由を教えて下さい。

立ち上げ当初やりたいと思ったことはできていますが、現在やりたいことからするとできていないことばかりです。常にやりたいことが増えていっているような印象です。特に商品のファンを広げていくことは、なかなか思ったとおり進んでいきませんね。世間では100円から200円の缶詰が当たり前で、最近ようやく500円くらいならありかな、と世間の風向きが変わってきたところです。高級缶詰は新しい市場で、まだまだ世間に浸透はしていません。当社の商品は平均販売価格が1,500円で、これからどのように市場を作っていくかは、長い目で取り組んでいく必要があると考えています。

ーおすすめの商品はなんですか?

本当にいろいろな商品があって、この時間だけでは紹介しきれないくらい良いものばかりなのですが、「牡蠣みそ」と「青春アヒージョ ハーブへしこのオイル煮」は特に人気があります。

「牡蠣みそ」は、蒸し牡蠣の加工業者さんが、通常安く売られる規格外の牡蠣を活用できる缶詰をつくりたいとの声から生まれた、殻が割れている牡蠣も使うことができるペースト状の商品です。食感がよく、味が濃いことが特徴です。

また、「青春アヒージョ ハーブへしこのオイル煮」は、サバをぬか漬けにしたものです。もともと「へしこ」という、サバを塩漬けにしてからぬか漬けにする郷土料理を、常温でお土産として持って帰れるようにしたいという声がきっかけで生まれました。へしこが苦手な方にも食べやすくハーブを加えた「ハーブへしこ」を、にんにくと一緒にオイル漬けにしています。

「牡蠣みそ」

「青春アヒージョ ハーブへしこのオイル煮」

ーカンブライトの商品を購入される方はどんな方が多いですか?

20代後半~30代前半のお客さんが最も多いです。会社の取り組みとしては「地域活性化」「フードロス」をテーマにしていますが、そういった側面を見て買ってくださる方はごく一部ですし、商品の価値提供としてはアピールしていません。多くの方は、「美味しい」「おしゃれ」といった理由で買ってくださいます。いい意味で「缶詰らしくない」と言ってくださる方が多いですね。

特にギフトやお酒の場への手土産としての需要が高いです。小ロット・多品種であるがゆえ、どこでも買えるわけではないので、例えば「お酒を飲むのに集まる場で持っていくと人気者になれますよ」と伝えたり、日本酒のイベントでは、「日本酒をより美味しく飲める魔法のペースト」とキャッチコピーをつけています。

「社会にとって良い缶詰」ではなく、「楽しい」「おしゃれ」「おいしい」がより伝わるように販売しています。特に若い方は、缶詰に対する固定概念がないため、「おしゃれで美味しい」という価値を見て買ってくださいます。京都の商店街にある店舗も若いお客さんが多いですよ。

ひとかん京都本店

ーこの記事を読んでいる方にメッセージをお願いします!

2050年に向けて地球全体の人口が100億人になり、今のままで行くと、世界の食料のシステムは崩壊すると言われています。それがどれくらいの悲惨さなのか想像もつきません。しかしそんな未来も、これから世界規模で課題に取り組み、変えていくことができれば回避できるかもしれないと思っています。

今までのような「単なる消費」にならずに、一人一人が未来に目を向け、「消費する意味」を考え直し、消費の仕方を変えてゆけば、まだまだ現状を変えるチャンスはあると思っています。そういう取り組みを行っている会社や商品を応援してもらえるような世の中になるといいなと思っていますし、カンブライトの商品もその一つです。消費というものの価値、意味付けを未来に向けて少しでも変えていくためにカンブライトも取り組んでいますので、応援宜しくお願いします。

ー素敵なお話をありがとうございました!

【会社情報】
会社名:株式会社カンブライト
設立年:2015年
事業内容:加工食品の企画、開発、製造及び販売・食品開発におけるプラットフォームの開発と運営・食品開発及び食品製造設備のコンサルティング、プロデュース・各種研修・セミナーの企画・及び運営
HP:https://canbright.co.jp/
カンナチュール(ECサイト):https://can-naturel.jp/
ひとかん京都本店:https://hitocan.jp/

■編集後記

こんにちは。今回取材を担当させて頂いたmiyunagaiです。

今回は、社会的価値のある商品が大衆が選ばれることの難しさを感じた取材でした。

カンブライトでも、社会的価値の高さを購買理由として商品を選ぶ方は少数派で、売り方としては「おしゃれさ」「楽しさ」など、違った販促方法をデザインされています。

私はカンブライトの缶詰の社会的価値を知ったうえで商品を購入される方が多いのではないかと考えていたので、実際の消費者市場は想像よりも難しいものであると感じました。しかし同時に、「持続可能」とか「環境に良い」とか、そういった付加価値ばかりが前に出ることもまた、消費者のニーズを満たすことができないことに繋がります。

ですので、いわゆるソーシャルビジネスと言われる業界で必要なことは、社会的価値(主に持続可能性)があることを前提として、そこに付加価値として大衆の需要がプラスアルファで乗り、差別化されるといった消費活動のあり方なのではないかと思います。

ものを買うということが、全て持続可能性の上で成り立っているとしたら、私たちの全ての買い物は、自分以外にも意味があるものになります。「三方よし」という言葉は江戸時代からあったそうです。私たちは普段、二つの方向ばかりを見ています。三つ目の方向に目がいくことが当たり前になる世界を願って、今後もたくさん取材を通して、価値あるものをお届けできたらなと思います。

この記事を書いた人

miyunagai

ライター、インタビュアー。日々耽るのは享楽、芸術は勉強中。希望ある未来と懐かしくなる過去をつくるべく、ゆるりと南船北馬。現在大学四年生。